高尾山 薬王院 有喜寺
関東三十六不動霊場
              たかおさん  やくおういん  ゆうきじ  いづなだいごんげん
第八番霊場 高尾山 薬王院 有喜寺 飯縄大権現

その3 山門から本社まで

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平成廿二年十二月廿五日

25日 八王子       最高気温  9.4℃   最低気温  -2.3℃ 快晴

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高尾山 薬王院 有喜寺公式ホームページ




高尾山 薬王院 有喜寺

飯縄大権現

質多羅童子

真言宗智山派大本山

御詠歌

高尾なる
  緑もふかき
   法(のり)の山
飯綱の
  御威(みいつ)永遠に
    変わらじ
御朱印 御影 質多羅(しつたら)童子

お寺の縁起

 正式名称「高尾山薬王院有喜寺」は今から1260余年前の天平16年(744)に、聖武天皇の勅令により東国鎮守の祈願寺として、
高僧行基菩薩により開山されました。
薬王院の名は創建当初、薬師如来をご本尊とした事に由来します。
現在は真言宗智山派の大本山として「成田山新勝寺」「川崎大師平間寺」「高尾山薬王院」が三大本山として知られております。
 
 南北朝時代の永和年間(1375)には京都醍醐山より俊源大徳が入山し八千枚の護摩供養秘法の後、
今のご本尊「飯縄大権現(いづなだいごんげん)」を奉祀し中興されました。
戦国期、飯縄大権現は戦国武将の守護神として崇敬され、上杉謙信や武田信玄の兜表にも奉られ、
また北条家の手厚い保護も受け江戸期に入ると徳川家(特に紀州家)との仏縁により隆盛をむかえます。
 
 古来、高尾山は修験道のお山といわれております。
修験道を修める人のことを山に臥し野に臥しながら修行することから「山伏」と呼ぶようになりました。
高尾山には、今もなお「琵琶滝」と「蛇滝」の二つの滝を擁し、滝修業の道場として、一般の方にも門戸を開いております。

御本尊 飯縄大権現様
 行基菩薩開山以来「薬師如来」を本尊として奉祀してきた高尾山は、俊源大徳の祈請によって「飯縄大権現」を勧請し、
爾来これを本尊として奉安している。
 
 「飯縄大権現」は、その信仰の起こりとしては、信州善光寺の北にそびえる飯綱山、戸隠山一帯に淵源を発する。
この地方は善光寺の起こりと共に仏教の歴史も古く、戸隠、飯綱の山岳信仰も古い修験道の歴史を伝えている。
 飯綱山は、戸隠山と共に我が国修験道の始祖、役の行者神変大菩薩(えんのぎょうじゃじんぺんだいぼさつ)によって
山岳修験道場の基礎が開かれた。

 その後嘉祥三年(850)学問行者が飯綱山から戸隠山に入り、役の行者の跡を再興して、初めて戸隠山の別当職に就き両山を治めた。
やがて、戸隠山は天台派修験道の道場として栄え、鎌倉時代初期には延暦寺の末寺となり、一山八十二坊を数えた。
一方、真言派の修験の寺も西光寺を中心に、道場を飯綱山方に占めて、次第に勢力を伸ばして行った。

 飯綱山は、初め飯綱大明神と称し、天皇足穂命が降臨した所として崇められていたが、
天福元年(1233)水内郡萩野城主、伊藤兵部太夫忠縄が山頂に飯縄大権現を祀り、
修行の後、神通力を得て、百才以上の長寿を得たという。
その子、次郎太夫盛縄もこの山に入り修行、霊験を得て妖術「飯縄法(いづなほう)」を編み出し、「千日太夫」を名乗った。
以後、子孫が千日太夫を世襲して、この妖術を世に広めた。

 「飯縄法」とは、管狐と呼ばれる鼠ほどの小動物を飯綱山から得て、長さ四、五寸の管に入れて養い、
常に懐中して、この小動物の霊能を用いて術を行ったという。
伝説では、この管狐は著しい霊能力を持ち、変幻出没自在で、予言をなし、人になつき、
飼い主には非常な利益をもたらすものと信じられ、恐れられた。

 殊に戦国時代の世に武将の間で、優れた妖術として熱い信仰を集め、武田信玄は、飯縄大権現の小像を懐中して、守護神としたと語られ、
山形県上杉神社に遺される上杉謙信の兜の前立には、飯縄大権現の尊像が祀られているのである。

 元来、飯綱山の麓、長野県上水内郡、下水内郡の辺りでは、飯綱山の残雪を「種蒔き爺(じ)っさ」と視て取って、
苗代の籾播きをする慣わしが在り、農耕を司る守護神として山を崇めてきた。
 こうして農耕神としてあった飯縄大権現が時代の趨勢に伴って戦神として崇められ、戦国武将の熱い信仰を寄せられた。
時代が降って、徳川幕府の天下平定による平和な時代の訪れと共に、「飯縄法」の妖術は「邪教」の烙印を押され、
厳しい禁制の下でその使命を終わる事となった。

 高尾山もこうした時代背景の下に、戦国武将の移動に導かれるようにして「飯縄大権現奉祀の霊場」としての発展を遂げるのであるが、
妖術「飯縄法」が本地仏を勝軍地蔵とするのに対して、高尾山の飯縄大権現は不動明王の変化身であるとして
「飯縄不動尊」などと呼ばれた時代もあり、今日でも、不動明王に準じた供養、祈祷が勤められているのである。

高尾山と天狗様
 天狗様は飯縄大権現様の眷属(随身)として、除災開運、災厄消除、招福万来など、衆生救済の利益を施す力を持ち、
古来より神通力をもつとされ、多くの天狗伝説や天狗信仰があり、神格化されています。
この様に高尾山は、飯縄信仰と共に天狗信仰の霊山としても知られております。
 また、高尾山は修験道根本道場として知られており、山伏修行が随時行われ、昔は山伏が深山幽谷に籠もって難行苦行を重ね、
やがて高尾山の霊気と融合して、呪力、験力を体得して大先達となり、山伏の姿が天狗と同一視されることも多いのであります。
                                         (高尾山 薬王院 有喜寺 公式ホームページより)


                                                  
     
9時50分 山門に着きました。
奉造立 山門 四天王尊
為弘法大師千百五十年御遠忌報恩也
山門ではお正月の準備が
忙しく行われていました。
扁額「髙尾山」
四天王 持国天

よろいかぶとに 身をかため
するどい独鈷を 光らせる
心の悪魔を うちくだき
清らかな社会を 守ります
四天王 持国天
持国天は東を守護し、手に独鈷を執り彩色は青です。
四天王 増長天

剣を手にして 勇ましく
無数の鬼を こらしめる
おごれる心を うちのめし
安らかな社会を 守ります
四天王 増長天
増長天は南を守護し、手に剣を持ち彩色は赤です。
四天王 多聞天

宝塔槍を 手にもって
すなおに耳を かたむける
福徳たちまち 集まって
豊かな社会を 守ります
四天王 多聞天
多聞天は北を守護し、右手に槍を持ち、左手に宝塔を載せています。彩色は黒です。
四天王 広目天

軸と筆とを 手にもって
澄んだまなざし さしむける
広く見る目で しっかりと
大きな社会を 守ります
四天王 広目天
広目天は西を守護し、軸と筆を持ち彩色は白です。
天狗さま 多聞天 法螺貝を吹く山伏

高尾山の天狗さま

高尾山は、昔から神仏のお力に満ちた霊山であり、
人々の心のふるさと、祈りのお山でした。
お陽さまの光や、風や雨、草木や沢の水にさえも
神仏の尊い教えが示されるとして、山伏が修行を積むお山でもあります。
時には危険も伴う修行の守り神として、
高尾山には天狗さまが棲むと信じられております。
そして、天狗さまは、修行を積む山伏のみならず、
日々、精進努力をする私たちにも、困難を乗り越える力を与えて下さるのです。
こちらの、威風堂々としたお姿をされる二体の天狗さまは、
永和年間に京都、醍醐山より俊源大徳が入山され、高尾山を中興開山されてから
六百三十年を記念して、當山第三十二世貫首、大山隆玄大僧正の発願により
平成十七年に、全国に渡るご信徒の貴重なご浄財により造立されました。
高尾山の天狗さまは、訪れる善男善女を静かに、
いつも見守っておられます。

大本山高尾山薬王院

願叶輪潜 諸々の願いが叶いますようにと念じ、
「願叶輪潜」をおくぐり下さい。
つぎに大錫杖を鳴らして、
さらなる諸願成就をご祈念下さい。
(かなうわ守は、
御札場にて授与いたしております。)
厄除開運
大錫杖 高尾山 十二神将十二支天 方位塔
招杜羅(ショウトラ)大将~丑神
毘羯羅(ビカラ)大将~子神
摩虎羅(マゴラ)大将~卯神
真達羅(シンダラ)大将~寅神
因達羅(インダラ)大将~巳神
波夷羅(ハイラ)大将~辰神
頞儞羅(アニラ)大将~未神
珊底羅(サンテイラ)大将~午神
迷企羅(メキラ)大将~酉神
安底羅(アンテイラ)大将~申神
伐折羅(バサラ)大将~戌神
迷企羅(メキラ)大将~酉神

宮毘羅(クビラ)大将~亥神
伐折羅(バサラ)大将~戌神
八大竜王とは、八部衆の中のおひとりとして
仏教擁護の神の代表的守護神です。
ことに密教修験道においては天地の中に活動
する生命の根源「いぶき」を龍神と讃え日々
我々に生命の活力を与えて下さるのです。
自身の罪障の洗浄と福徳増進のため心を込めて
ご祈念下さい。
この浄水にてお持ちの硬貨・紙幣を洗い清め、
資本金としてお持ち帰りご家業にご精進下さい。
(浄銭を入れるお守り袋はお札授与所にございます)

この八大龍王は、仏教を守護する天龍八部衆の一つである龍族で、
難蛇(なんだ)龍王・跋難蛇(ばつなんだ)龍王・沙竭羅(しゃから)龍王・和修吉(わしゅきつ)龍王・徳叉迦(とくしゃか)龍王・
阿那婆達多(あなばだった)龍王・摩那斯(まなし)龍王・憂鉢羅(うはつら)龍王の八王をいいます。

龍は架空の動物であるが、空中を自在に駆け、雲を巻き、雨を降らせる魔力をもち、
雨乞い信仰に結びつき、水神、龍神、海神と同一視されている。

龍神はインドに生まれ、中国に渡って仏法を守る八大龍王となり、朝鮮を経て日本に渡来したもの(「日本の神々を知る事典」より)で、
中国の龍王信仰が我国でも水・海を司る神として信仰されたと思われます。

八大龍王は、釈尊が霊鷲山(りょうじゅうせん)で法華経を説かれた時、その場で教えを聞いていたとされており、
また、沙竭羅龍王の八才の娘が、法華経の教えを聞いてたちどころに成仏したという話は、龍女成仏として有名です。

龍王は大海に住んで、雲を呼び雨を降らせる神力をもっていると考えられ、祈雨や止雨の祈願の神として信仰を集めています。
その中でも沙伽羅が雨乞いの神として深く信仰され、
弘法大師が京都神泉苑で八大竜王に祈って雨乞いを し、雨を降らせたという有名な説話も残っています。

また、八大竜王は役行者ともゆかりが深く、
秩父市の今宮神社や奈良県天川村の龍泉寺は、役行者が八大竜王を祀った地であるとされています。


倶利伽羅龍王
不動明王の剣を挟んで2頭の龍が絡んでいる像は、龍が交尾をしている姿と言われています。
薬王院で授与されている縁結びのお守りに入っている赤い紐は、良縁が結ばれることを祈願して倶利伽羅堂に結ぶようになっています。
 
石段を上がって御本殿に向かいました。 仁王門には仁王さまがいらっしゃいました。
阿(あ) ものの始めを大切に
吽(うん) ものごとけじめをしっかりと 心のふるさと
     祈りのお山
「高尾山」のご本尊は
飯縄大権現さまです。
お参りの時は、合掌して
「南無飯縄大権現」と
お唱えしましょう。
高尾山薬王院
小天狗 大天狗 

愛 染 明 王

愛染明王は、もともとは煩悩〈愛欲や欲望、執着〉を悟りに変えて、菩提心(悟りの境地)にまで導いてくれる力をもつ仏様です。
梵名は「ラーガ・ラージャ」といい、全身はギラギラと燃えたぎるような赤色で、三目六臂(三つの目と六本の腕)をそなえもち、
まるで私たちの不甲斐無さを叱りつけているかのような忿怒の形相をされています。
…が、それも実は衆生済度の為、諸々の悪者を追い返す為であり、根は優しく、愛敬(あいきょう)開運を授けてくださるご利益があります。

「愛染」=「藍に染める」という言葉から、染め物屋、アパレル関係者からの信仰も篤く、
愛敬をアップしてヒットを祈願する芸能人、商売繁盛を願う商人・企業家、出世を願うサラリーマンとその家族、
身体健全を祈る人たち、必勝祈願の受験生と…、愛染明王は不動明王と並んで多種多様の方々から支持されています。

それというのも、『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』という経典に、
愛染明王の霊験は「無病息災」「増益」「敬愛」「降伏」「鈎招(福神を招く)」「延命」である。
と記され、特に良縁成就や結婚成就・夫婦円満においては仏教神の中では最強最高と誰もが認めるほどで、
その手に持たれた弓と矢で愛のキューピットのように人と人、心と心を結び付けます。

         愛 染 明 王
良縁成就の仏様として広く信仰されています。
この仏様のお姿は[煩悩即菩提]を表し
愛欲やむさぼりなどがそのまま悟りへの道
である事を示してくださります。
[愛染]には赤色の意もあり、お身体の色は
太陽の燃える大慈悲を表します。
三つの目は三界(あらゆる世界)を見通す
お力をもち、頭上の獅子の冠と逆立つ髪は、
悪や障害を降伏する大いなる強さを表します。
六本の腕は六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間
天界)の全てをお救いくださるお力の現れです。
五鈷杵と鈴は、私達が本来もっている五智
(大日如来の智恵)を
目覚めさせ、弓と矢は正しく生きる
為の邪魔や間違った心を射抜きます。
拳の中には私達の煩悩があってそれを
蕾の状態の蓮華で打破って、
悟りを開かせようとして下さっているのです。
    ご真言
 オン マカラギャ バゾロウシュニシャ
 バサラサトバ ジャクウンパンコク 
十一面観世音菩薩 オンロケイジンバラキリク
大聖歓喜天    オンキリクギャクウンソハカ
大師堂   南無遍昭金剛

東京都指定有形文化財(建造物)
薬 王 院 大 師 堂
所在地 八王子市高尾町2177
指  定   昭和53年3月16日

建立年代についての確実な資料は欠いていますが、延宝五年(1677)薬師堂炎上の際に類焼し、
その後、再建されたものと推定され、建物の様式技法から江戸時代中期は下らないと考えられます。
特に、向拝・虹梁・木鼻及び海老梁などの絵模様彫刻技法は、建立年代を遡る古様式を具備しています。
『新編武蔵風土記稿』によれば当時は大日堂と称し、「薬師堂ニ向テアリ、三間四方南向ナリ」という位置にありました。
その後、三回にわたる大改修を経て、現地に移されていますが、近世中期の社寺建築様式の傾向を知る上で、
古様式を墨守する流派の存在を示すものであり、建築史上貴重なものとして東京都の有形文化財(建造物)に指定されました。
桁行三間、梁間三間、向拝一間付きで背面に一間通りの内陣並びに中央間一間、両端間各一間の仏壇及び位牌檀を付設しています。
屋根は宝形造銅板葺です。
平成二十二年三月 建設
東京都教育委員会

南無延命地蔵尊 七福神
延命地蔵尊 延命手形納め処 髙尾山八十八大師霊場      髙尾山八十八大師巡拝霊場
この巡拝霊場は、弘法大師ゆかりの地である
四国八十八ヶ寺霊場を当山の大山隆玄貫首が
自ら一ヶ寺ずつお参りして持ち帰られたお砂を
納めた霊場です。
この霊場を巡る事により四国八十八ヶ所と同様
の功徳がいただけますので、一番所よりお砂を
踏みつつお参りし仏縁を深めていただきたく
存じます。
         大本山髙尾山薬王院
第一番   本尊 釈迦如来
第二番   本尊 阿弥陀如来
第三番   本尊 釈迦如来
第四番   本尊 大日如来
第五番   本尊 勝軍地蔵菩薩
第六番   本尊 薬師如来
第七番   本尊 阿弥陀如来
第八番   本尊 千手観世音菩薩
第九番   本尊 涅槃釈迦如来
第十番   本尊 千手観世音菩薩
阿波国 竺和山(じくわざん)
阿波国 日照山(にっしょうざん)
阿波国 亀光山(きこうざん)
阿波国 黒厳山(こくがくざん
阿波国 無尽山(むじんざん)
阿波国 温泉山(おんせんざん)
阿波国 光明山(こうみょうざん)
阿波国 普明山(ふみょうざん)
阿波国 正覚山(しょうかくざん)
阿波国 得度山(とくどざん)
一乗院    霊山寺(りょうぜんじ)
無量壽院   極楽寺(ごくらくじ)
釈迦院    金泉寺(こんせんじ)
遍照院    大日寺( だいにちじ)
荘厳院    地蔵寺(じぞうじ)
瑠璃光院   安楽寺(あんらくじ
蓮華院    十楽寺(じゅうらくじ)
真光院    熊谷寺(くまたにじ)
菩提院    法輪寺(ほうりんじ)
灌頂院    切幡寺(きりはたじ)
第十一番 本尊 薬師如来
第十二番 本尊 虚空増菩薩
第十三番 本尊 十一面観世音菩薩
第十四番 本尊 弥勒菩薩
第十五番 本尊 薬師如来
第十六番 本尊 千手観世音菩薩
第十七番 本尊 七仏薬師如来
第十八番 本尊 薬師如来
第十九番 本尊 延命地蔵菩薩
第 廿 番 本尊 地蔵菩薩
阿波国 金剛山(こんごうざん)
阿波国 摩廬山(まろざん)
阿波国 大栗山(おぐりざん)
阿波国 盛寿山(せいじゅざん)
阿波国 薬王山(やくおうざん)
阿波国 光耀山(こうようざん)
阿波国 瑠璃山(るりざん)
阿波国 母養山(ぼようざん)
阿波国 橋池山(きょうちざん)
阿波国 霊鷲山(りゅうじゅざん)
一乗院    藤井寺(ふじいでら)
正寿院    焼山寺(しょうさんじ) 
花蔵院    大日寺(だいにちじ) 
延命院    常楽寺(じょうらくじ) 
金色院    國分寺(こくぶんじ) 
千手院    観音寺(かんおんじ)
真福院    井戸寺(いどじ)
宝樹院    恩山寺(おんざんじ)
摩尼院    立江寺(たつえじ)
宝珠院    鶴林寺(かくりんじ)
第廿一番 本尊 虚空蔵菩薩
第廿二番 本尊 薬師如来
第廿三番 本尊 厄除薬師如来
阿波国 舎心山(しゃしんざん)
阿波国 白水山(はくすいざん)
阿波国 医王山(いおうざん)
常住院    太龍寺(たいりゅうじ)
医王院    平等寺(びょうどうじ)
無量寿院   薬王寺(やくおうじ)
第廿五番 本尊 地蔵菩薩 土佐國 四國霊場 八十八大師 元祖遍路
衛門三郎頌徳碑
第廿四番  本尊 虚空蔵菩薩
第廿五番  本尊 地蔵菩薩
第廿六番  本尊 薬師如来
第廿七番  本尊 十一面観世音菩薩
第廿八番  本尊 大日如来
第廿九番  本尊 千手観世音菩薩
第三十番  本尊 阿弥陀如来
土佐国 室戸山(むろとざん)
土佐国 宝珠山(ほうしゅざん)
土佐国 龍頭山 (りゅうずざん)
土佐国 竹林山(ちくりんざん)
土佐国 法界山(ほうかいざん)
土佐国 摩尼山(まにざん)
土佐国 百々山(どどざん)
明星院    最御崎寺(ほつみさきじ)
真言院    津照寺( しんしょうじ)
光明院    金剛頂寺(こんごうちょうじ)
地蔵院    神峯寺(こうのみねじ)
高照院    大日寺(だいにちじ)
宝蔵院    国分寺(こくぶんじ)
東明院    善楽寺(ぜんらくじ)
第三十一番 本尊 文殊菩薩
第三十二番 本尊 十一面観世音菩薩
第三十三番 本尊 薬師如来
第三十四番 本尊 薬師如来
第三十五番 本尊 厄除薬師如来
第三十六番 本尊 波切不動明王
第三十七番 本尊 不動明王 
             観世音菩薩
             阿弥陀如来
             薬師如来
             地蔵菩薩
第三十八番 本尊 三面千手観世音菩薩
第三十九番 本尊 薬師如来
土佐国 五台山(ごだいさん)
土佐国 八葉山(はちようざん)
土佐国 高福山(こうふくざん)
土佐国 本尾山(もとおざん)
土佐国 醫王山(いおうざん)
土佐国 独鈷山(とっこうざん)
土佐国 藤井山(ふじいさん




土佐国 蹉跎山(さださん)
土佐国 赤亀山(しゃっきざん)
金色院    竹林寺(ちくりんじ)
求聞持院   禅師峰寺(ぜんじぶじ)
         雪蹊寺(せっけいじ)
朱雀院    種間寺(たねまじ)
鏡池院    清滝寺(きよたきじ)
伊舎那院   青龍寺(しょうりゅうじ)
五智院    岩本寺(いわもとじ)




補陀洛院   金剛福寺(こんごうふくじ)
寺山院     延光寺(えんこうじ)
 
第四十番  本尊 薬師如来 伊予国 平城山(へいじょうざん) 薬師院     観自在寺(かんじざいじ)
第四十一番 本尊 十一面観世音菩薩
第四十二番 本尊 大日如来
第四十三番 本尊 千手観世音菩薩
第四十四番 本尊 十一面観世音菩薩
第四十五番 本尊 不動明王
第四十六番 本尊 薬師如来
第四十七番 本尊 阿弥陀如来
第四十八番 本尊 十一面観世音菩薩
第四十九番 本尊 釈迦如来
第五十番   本尊 薬師如来
伊予国 稲荷山(いなりざん)
伊予国 一カ山(いっかざん)
伊予国 源光山(げんこうざん)
伊予国 菅生山(すごうざん)
伊予国 海岸山(かいがんざん)
伊予国 医王山(いおうざん)
伊予国 熊野山(くまのざん)
伊予国 清滝山(せいりゅうざん)
伊予国 西林山(さいりんざん)
伊予国 東山(ひがしやま)
護国院     龍光寺(りゅうこうじ)
毘盧舎那院  仏木寺(ぶつもくじ)
円手院     明石寺(めいせきじ)
大覚院     大寶寺(だいほうじ)
          岩屋寺(いわやじ)
養珠院     浄瑠璃寺(じょうるりじ)
妙見院     八坂寺(やさかじ)
安養院     西林寺(さいりんじ)
三蔵院     浄土寺(じょうどじ)
瑠璃光院   繁多寺(はんたじ)
第五十一番 本尊 薬師如来
第五十二番 本尊 十一面観世音菩薩
第五十三番 本尊 阿弥陀如来
第五十四番 本尊 不動明王
第五十五番 本尊 大通智勝如来
第五十六番 本尊 地蔵菩薩
第五十七番 本尊 阿弥陀如来
第五十八番 本尊 千手観世音菩薩
第五十九番 本尊 薬師瑠璃光如来
第六十番   本尊 大日如来
伊予国 熊野山(くまのざん)
伊予国 龍雲山(りゅううんざん)
伊予国 須賀山(すがざん)
伊予国 近見山(ちかみざん)
伊予国 別宮山(べっくざん)
伊予国 金輪山(きんりんざん)
伊予国 府頭山(ふとうざん)
伊予国 作礼山(されいざん)
伊予国 金光山(こんこうざん)
伊予国 石鉄山 (いしづちさん)
虚空蔵院   石手寺(いしてじ)
護持院     太山寺(たいさんじ)
正智院     円明寺(えんみょうじ)
宝鐘院     延命寺(えんめいじ)
金剛院     南光坊(なんこうぼう)
勅王院     泰山寺(たいさんじ)
無量寿院   栄福寺(えいふくじ)
千光院     仙遊寺(せんゆうじ)
最勝院     国分寺(こくぶんじ)
福智院     横峰寺(よこみねじ)
第六十一番 本尊 大日如来
第六十二番 本尊 十一面観世音菩薩
第六十三番 本尊 毘沙聞天
第六十四番 本尊 阿弥陀如来
第六十五番 本尊 十一面観世音菩薩
伊予国 栴檀山(せんだんさん)
伊予国 天養山(てんようざん)
伊予国 密教山(みっきょうざん)
伊予国 石鉄山(いしづちざん)
伊予国 由霊山(ゆれいざん)
教王院     香園寺(こうおんじ)
観音院     宝寿寺(ほうじゅじ)
胎蔵院     吉祥寺(きちじょうじ)
金色院     前神寺(まえがみじ)
慈尊院     三角寺(さんかくじ)
第六十六番 本尊 千手観世音菩薩
第六十七番 本尊 薬師如来
第六十八番 本尊 阿弥陀如来
第六十九番 本尊 聖観世音菩薩

第七十番   本尊 馬頭観音
讃岐国 巨鼇山(きょごうざん)
讃岐国 小松尾山(こまつおざん)
讃岐国 七宝山(しっぽうざん)
讃岐国 七宝山(しっぽうざん)
讃岐国 七宝山(しっぽうざん)
千手院     雲辺寺(うんぺんじ)
不動光院   大興寺(だいこうじ)
         神恵院(じんねいん)
         観音寺(かんのんじ)
持宝院    本山寺(もとやまじ)
第七十一番 本尊 千手観世音菩薩
第七十二番 本尊 大日如来
第七十三番 本尊 釈迦如来
第七十四番 本尊 薬師如来
第七十五番 本尊 薬師如来
第七十六番 本尊 薬師如来
第七十七番 本尊 薬師如来
第七十八番 本尊 阿弥陀如来
第七十九番 本尊 十一面観世音菩薩
第八十番   本尊 十一面千手観世音菩薩
讃岐国 剣五山(けんござん)
讃岐国 我拝師山(がばいしざん)
讃岐国 我拝師山(がばいしざん)
讃岐国 医王山(いおうざん)
讃岐国 五岳山(ごがくざん)
讃岐国 鶏足山(けいそくざん)
讃岐国 桑多山(そうたざん)
讃岐国 仏光山(ぶっこうざん)
讃岐国 金華山(きんかざん)
讃岐国 白牛山(はくぎゅうざん)
千手院    弥谷寺( いやだにじ)
延命院    曼荼羅寺(まんだらじ)
求聞持院   出釈迦寺(しゅっしゃかじ)
多宝院     甲山寺(こうやまじ)
誕生院    善通寺(ぜんつうじ)
宝幢院    金倉寺(こんぞうじ)
明王院    道隆寺(どうりゅうじ)
広徳院    郷照寺(ごうしょうじ)
高照院    天皇寺(てんのうじ)
千手院    国分寺(こくぶんじ)
第八十一番 本尊 千手観世音菩薩
第八十二番 本尊 千手観世音菩薩
第八十三番 本尊 聖観世音菩薩
第八十四番 本尊 十一面千手観世音菩薩
第八十五番 本尊 聖観世音菩薩
第八十六番 本尊 十一面観世音菩薩
第八十七番 本尊 聖観世音菩薩

第八十八番 本尊 薬師如来
讃岐国 綾松山(りょうしょうざん)
讃岐国 青峰山(あおみねさん)
讃岐国 神毫山(しんごうざん)
讃岐国 南面山(なんめんざん)
讃岐国 五剣山(ごけんざん)
讃岐国 補陀洛山(ぼだらくさん)
讃岐国 補陀洛山(ぼだらくさん)
讃岐国 医王山(いおうざん)
洞林院    白峯寺(しろみねじ)
千手院    根香寺(ねごろじ)
大宝院    一宮寺(いちのみやじ)
千光院    屋島寺(やしまじ)
観自在院   八栗寺(やくりじ)
         志度寺(しどじ)
観音院    長尾寺(ながおじ)
遍照光院   大窪寺(おおくぼじ)
     四國霊場十三佛御砂踏
第一番霊場    霊山寺   釈迦如来
第十四番霊場   常楽寺   弥勒菩薩
第十九番霊場   立江寺   地蔵菩薩
第二十四番霊場 最御崎寺 虚空蔵菩薩
第三十番霊場   善樂寺   阿弥陀如来
第三十一番霊場 竹林寺  文殊菩薩
第四十五番霊場 岩屋寺  不動明王
第四十九番霊場 浄土寺  普賢菩薩
第五十三番霊場 円明寺  勢至菩薩
第六十一番霊場 香園寺  大日如来
第七十番霊場   本山寺  阿閃如来
第八十番霊場   国分寺  観音菩薩
第八十八番霊場 大窪寺  薬師如来
二十七日までの仏様の守護
六十七日までの仏様の守護
五十七日までの仏様の守護
三十三回忌までの仏様の守護と丑年、寅年生まれの護り本尊
三回忌までの仏様の守護と戌年、亥年生まれの護り本尊
三十七日までの仏様の守護と卯年生まれの護り本尊
初七日までの仏様の守護と酉年生まれの護り本尊
四十七日までの仏様の守護と辰年、巳年生まれの護り本尊
一周忌までの仏様の守護と午年生まれの護り本尊
十三回忌までの仏様の守護と未年、申年生まれの護り本尊
七回忌までの仏様の守護
百ヶ日までの仏様の守護と子年生まれの護り本尊
七十七日までの仏様の守護

    四國別格廿霊場
第一番  本尊  千手観世音菩薩
第二番  本尊  薬師如来
第三番  本尊  十一面観世音菩薩
第四番  本尊  弘法大師
第五番  本尊  弘法大師
第六番  本尊  十一面観世音菩薩
第七番  本尊  千手観世音菩薩
第八番  本尊  弥勒菩薩
第九番  本尊  地蔵菩薩・文殊菩薩
第十番  本尊  千手観世音菩薩
第十一番 本尊  地蔵菩薩
第十二番 本尊  延命地蔵尊
第十三番 本尊  弘法大師
第十四番 本尊 延命地蔵菩薩・非核不動尊
第十五番 本尊 金毘羅大権現
第十六番 本尊 伽羅陀山火伏地蔵菩薩
第十七番 本尊 薬師如来
第十八番 本尊 正観音・弘法大師誕生佛
第十九番 本尊 延命地蔵菩薩
第二十番 本尊 西照大権現
阿波国 仏王山 大山寺(たいさんじ)
阿波国 東明山 童学寺(どうがくじ)
阿波国 月頂山 慈眼寺(じげんじ)
阿波国 八坂山 八坂寺(やさかでら) 鯖大師本坊
土佐国 高野山 大善寺(だいぜんじ)
伊予国 臨海山 龍光院 福寿寺(ふくじゅじ)
伊予国 金山   出石寺(しゅっせきじ)
伊予国 正法山 永徳寺(えいとくじ) 十夜ヶ橋大師堂
伊予国 大法山 文殊院(もんじゅいん) 徳盛寺(とくじょうじ) 遍路開祖衛門三郎旧跡
伊予国 仏法山 仏眼院 興隆寺(こうりゅうじ)
伊予国 生木山 正善寺(しょうぜんじ)
伊予国 魔尼山 延命寺(えんめいじ)
伊予国 金光山 仙龍寺(せんりゅうじ)
伊予国 邦治山 不動院 常福寺(じょうふくじ) 椿堂
阿波国 宝珠山 箸蔵寺(はしくらじ)
讃岐国 巨鼇山 地蔵院 萩原寺(はぎわらじ)
讃岐国 五穀山 神野寺
讃岐国 経納山 迦毘羅衛院 海岸寺(かいがんじ)
讃岐国 寶幢山 香西寺(こうざいじ)
阿波国 福大山 大瀧寺(おおたきじ)

更に石段を上がります。
  
    東京都指定有形文化財(建造物)
           薬王院飯縄権現堂
               (やくおういんいづなごんげんどう)
                                   所在地 八王子市高尾町2177
                                   指  定 昭和27年11月8日

 寺の建立は、薬王院縁起によれば、天平十六年(744)行基が勅命を奉じて、本尊薬師如来を
安置したのに始まるとありますが、後の永和年間(1375~79)に沙門俊源が飯縄の神を安置して
中興し、これにより高尾山の信仰は世に広められたと伝えられています。
権現堂の建立は棟札によると、本殿は享保十四年(1729)に建立され、宝暦三年(1753)に
拝殿、幣殿が再建され、当時の本殿は独立していたものと推測されます。
後の文化二年(1805)の修理の際に、本殿と幣殿屋根は連結されて
権現造の形式になったと考えられます。
 拝殿は、木造、単層、屋根は入母屋造、銅板葺、三間四面の堂に廻り縁を付け、
組物、彫刻などには彩色が施されています。
これらの組物、彫刻などは江戸時代中期の社殿建築として優れた技術がうかがわれ、
この頃の権現造として優秀なものです。
                       平成二十二年三月 建設
                       東 京 都 教 育 委 員 会

小天狗 別名烏天狗 本殿 大天狗
飯綱大権現を祀っている拝殿の見事な彫刻



飯縄大権現
 
 御本尊 飯縄大権現様

 
 行基菩薩開山以来「薬師如来」を本尊として奉祀してきた高尾山は、俊源大徳の祈請によって
「飯縄大権現」を勧請し、爾来これを本尊として奉安している。
 「飯縄大権現」は、その信仰の起こりとしては、
信州善光寺の北にそびえる飯綱山、戸隠山一帯に淵源を発する。
この地方は善光寺の起こりと共に仏教の歴史も古く、
戸隠、飯綱の山岳信仰も古い修験道の歴史を伝えている。
 
 飯綱山は、戸隠山と共に我が国修験道の始祖、
役(えん)の行者神変大菩薩(ぎょうじゃじんぺんだいぼさつ)によって
山岳修験道場の基礎が開かれた。
その後嘉祥三年(八五〇)学問行者が飯綱山から戸隠山に入り、役の行者の跡を再興して、
初めて戸隠山の別当職に就き両山を治めた。
やがて、戸隠山は天台派修験道の道場として栄え、鎌倉時代初期には延暦寺の末寺となり、
一山八十二坊を数えた。
一方、真言派の修験の寺も西光寺を中心に、道場を飯綱山方に占めて、
次第に勢力を伸ばして行った。
 
 飯綱山は、初め飯綱大明神と称し、天皇足穂命が降臨した所として崇められていたが、
天福元年(一二三三)水内郡萩野城主、伊藤兵部太夫忠縄が山頂に飯縄大権現を祀り、
修行の後、神通力を得て、百才以上の長寿を得たという。
その子、次郎太夫盛縄もこの山に入り修行、霊験を得て妖術「飯縄法(いづなほう)」を編み出し、
「千日太夫」を名乗った。
以後、子孫が千日太夫を世襲して、この妖術を世に広めた。
 「飯縄法」とは、管狐と呼ばれる鼠ほどの小動物を飯綱山から得て、
長さ四、五寸の管に入れて養い、常に懐中して、この小動物の霊能を用いて術を行ったという。
伝説では、この管狐は著しい霊能力を持ち、変幻出没自在で、予言をなし、
人になつき、飼い主には非常な利益をもたらすものと信じられ、恐れられた。
 殊に戦国時代の世に武将の間で、優れた妖術として熱い信仰を集め、
武田信玄は、飯縄大権現の小像を懐中して、守護神としたと語られ、
山形県上杉神社に遺される上杉謙信の兜の前立には、
飯縄大権現の尊像が祀られているのである。
 
 元来、飯綱山の麓、長野県上水内郡、下水内郡の辺りでは、
飯綱山の残雪を「種蒔き爺(じ)っさ」と視て取って、
苗代の籾播きをする慣わしが在り、農耕を司る守護神として山を崇めてきた。
 
 こうして農耕神としてあった飯縄大権現が時代の趨勢に伴って戦神として崇められ、
戦国武将の熱い信仰を寄せられた。
時代が降って、徳川幕府の天下平定による平和な時代の訪れと共に、
「飯縄法」の妖術は「邪教」の烙印を押され、厳しい禁制の下でその使命を終わる事となった。
 
 高尾山もこうした時代背景の下に、戦国武将の移動に導かれるようにして
「飯縄大権現奉祀の霊場」としての発展を遂げるのであるが、
妖術「飯縄法」が本地仏を勝軍地蔵とするのに対して、
高尾山の飯縄大権現は不動明王の変化身であるとして「飯縄不動尊」などと
呼ばれた時代もあり、今日でも、不動明王に準じた供養、祈祷が勤められているのである。

本殿をお参りしたので山頂方面に向かいました。
更に石段を上がるとお堂がありました。

          東京都指定有形文化財(建造物)
                
           高 尾 山 不 動 堂
                                                        所在地 八王子市高尾町2177
                                                        指 定  昭和28年11月10日
        薬師信仰と飯縄信仰の霊山として名高い高尾山薬王院有喜寺には、数多くの堂宇が建立されています。
      不動堂は、それらの諸堂の中でも一番奥まった急峻な尾根上に建立されています。
      もともとは現本堂の位置にあった護摩堂を明治四十三年頃に移築し、不動堂としたものです。
      不動堂は宝形造(平面形が正方形または八角形で、屋根面が一つの頂点に集まる建造物)の小さな堂宇です。
      桁行・梁間ともに三間(6.26m)、四周に高欄を備えた縁をめぐらし、東側に桁行一間(2.17m)の向拝を設けています。
      内部の床は拭板張り仕上げで、正面と両側面側が畳敷となっています。
      平成十三年に修理が完了し、外周の柱・縁・建具等は、彩やかな赤漆の色彩が甦りました。
      建立年代を示す資料はありませんが、建築様式から十七世記後半頃に建立されたと推定されています。
      堂内の奥側には、二本の来迎柱を建て、その前に堂と同時代といわれる附の須弥檀が置かれ、
      室町時代以前の作といわれる「木造不動明王及び二童子立像」(都指定有形文化財)が安置されています。
                                              平成二十二年三月  建設
                                              東 京 都 教 育 委 員 会

修験根本道場
霜柱が見られました。 11時8分 不動堂から更に上に進みました。